習い事を辞めさせていいの?迷ったときの考え方

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「辞めたい」と言われた日のことを、覚えていますか。

体験に連れていったあのときの顔、最初に道具をそろえたときのこと。それを思い出してしまうから、なかなか「いいよ」と言えない。でも、無理に続けさせて嫌いになってしまったら、それはそれでかわいそうではないかとも思う。

「辞めさせたら逃げ癖がつくのでは」「でも、続けさせることが本当にいいことなのか」——どちらを選んでも不安が残るような感覚は、多くの親御さんが経験していることです。

この記事では、「辞めるべきか、続けるべきか」という問いに答えを出すことはしません。その代わり、今の状況を少し整理するための視点をいくつかお伝えします。


「辞めさせたい」と思うとき、何が起きているか

「そろそろ辞めようかな」という気持ちが浮かぶとき、その背景にはたいてい、何かのサインが積み重なっています。

子どもが習い事の日の朝に無口になる。「行きたくない」とは言わないけれど、どこか楽しそうではない。帰ってきてもその話を一切しなくなった。そういった変化が続いて、ようやく親御さんの中に「もう辞めさせようか」という気持ちが芽生えてくることが多いのではないでしょうか。

ただ、「辞めさせたい」という気持ちの中には、二つのものが混ざっていることがあります。

一つは、子どものこと。表情、体のサイン、言葉の変化から感じ取る、「この子は今、しんどいのではないか」という感覚。

もう一つは、親自身のこと。送迎の疲れ、費用の負担、「始めたのに」という罪悪感、「続けさせるのが親として正しいはず」という思い。

この二つは、よく似ているようで、整理の仕方が少し変わります。「子どものために辞めさせたい」のか、「自分が疲れているから辞めさせたい」のか——どちらかが正しくてどちらかが間違いということではありませんが、分けて考えてみると、判断が少し落ち着くことがあります。

なお、お子さんが習い事に行きたがらない状態が続いているとき、その背景にどんな理由があるのかについては、「子どもが習い事をやりたがらない理由」という記事でも整理しています。この記事と合わせて読むと、状況が整理しやすくなるかもしれません。


「辞める」という選択が、少し待てる状況もある

「辞める=悪い」ということではありません。ただ、状況によっては、もう少し時間をかけてみると見え方が変わることがあります。

一つは、始めてまだ日が浅い時期。慣れない環境、知らない先生、初めてのルール。そういったことへの戸惑いは、ある程度の時間が経つと自然に変わっていくことがあります。「合う・合わない」を判断するには、その習い事の本来の形が見えるまでの時間が必要なこともあります。

もう一つは、辞める理由が主に親側にある場合。送迎が大変、費用が重くなってきた、家庭のリズムが変わった——これらは現実的な問題であり、見直すことは必要です。ただ、子ども自身が「続けたい」という気持ちを持っているなら、辞める前に何か変えられる余地がないかを一度整理する価値はあります。

繰り返しになりますが、「だから続けさせなさい」ということではありません。「こういう状況のときは、判断を少し待ってみると見え方が変わることがある」という視点の一つとして受け取ってください。


「辞める」が自然な選択になるとき

子どもの状態を見ていて、「もういいかもしれない」と感じる場面があります。そういう感覚は、根拠のないものではないことが多いです。

たとえば、こういった状況が重なっているとき——。

習い事の日が近づくほど、表情が暗くなる。「行きたくない」という言葉が、何週間経っても変わらない。体の調子が悪くなりやすい(頭痛・腹痛など)。本人が言葉にできないだけで、「体が拒否している」ような状態が続いている。

あるいは、他にやってみたいことが具体的に出てきて、そちらへのエネルギーが明らかに向いている、ということもあるかもしれません。

「辞める」は、何かの終わりである前に、次の選択への入り口でもあります。一つのことを区切ることで、その子が本当に向かいたい方向が見えてくることもあります。

ただし、「この条件に当てはまったら辞めさせてください」という話ではありません。これらはあくまで、状況を整理するときの参考です。


辞めるとき、子どもにどう関わるか

辞めることを決めた、あるいは決めようとしているとき、子どもへの伝え方について少し考えておくと、その後の受け取り方が変わることがあります。

「もうやめていいよ」と親が決めて伝えるのか、「辞めたい?どうする?」と子どもに確認するのか。どちらが正しいということはありませんが、この違いは、子どもがその経験をどう意味づけるかに少し影響することがあります。

親が決めた場合、子どもが「辞めさせてもらった」という感覚になることもあれば、「親が終わらせてくれた」という安堵になることもあります。子ども自身が選んだ場合、「自分で決めた」という感覚が残ることもあれば、後から「もう少し続ければよかった」と思うこともあります。

どちらに転んでも、「この経験が何だったか」は後から決まることの方が多いです。辞めたことが「逃げた記憶」になるかどうかは、その後の親の関わり方によっても変わります。

「辞めてよかった」「辞めなければよかった」——どちらも、今の段階ではまだ誰にもわかりません。だからこそ、辞めるときの関わりを、少しだけ丁寧にする余地があります。


辞めることと、続けることの間に、正解はない

「辞めさせていいの?」という問いに、一つの正解はありません。

子どもの状態を見ながら、そのとき判断できることを判断していくしかない。それは、ある意味では不安なことですが、別の見方をすれば、親御さんがちゃんとその子を見ているということでもあります。

「辞めた」という経験が、その子にとってどういう意味を持つかは、ずっと後になってから決まることも多いです。今の段階で「正しい選択をしなければ」と抱えすぎなくても、いいと思います。

今日、少し整理できたなら、それで十分です。

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